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最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)113号 判決

アメリカ合衆国ニュージャージー州モーリスタウンシップ・コロンビアロード・アンド・パークアベニュー

上告人

アライド・コーポレーション

右代表者

ロイ・H・マッセンジル

右訴訟代理人弁護士

大場正成

尾﨑英男

同弁理士

伊沢宏一郎

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第二四七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年一月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大場正成、同尾﨑英男、同伊沢宏一郎の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の理由不備、理由齟齬、判断遺脱の違法は存しない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

(平成二年(行ツ)第一一三号 上告人 アライド、コーポレーション)

上告代理人大場正成、同尾﨑英男、同伊沢宏一郎の上告理由

東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第二四七号審決取消事件の判決(「原判決」)には以下に述べるとおり理由不備、理由齟齬があるので民事訴訟法三九五条一項六号の上告理由がある。

本件の発明は我国でも先端技術の新素材の代表例とされるアモルファス合金の基本的な利用に関するものである。原審が上告人の主張を正しく摘示せず、又原告の結論に実質的な理由を付することなく上告人の訴えを棄却したことは、適正な手続によらずして上告人の貴重な技術的財産権を奪うに等しいものであり、原審における再度の慎重な審理を求める。

第一 原審で上告人が主張した審決取消事由

一 原審において上告人は特許庁の審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例に記載された事実の認定、本願発明と引用例の相違点〈1〉乃至〈3〉の認定及び相違点〈1〉、〈2〉の検討内容(以上、原判決三丁裏七行-六丁裏一〇行に記載されている。)を認め、相違点〈3〉の検討内容(原判決六丁裏一一行-七丁表末行に記載されている。)を争った。

すなわち、上告人は、特許庁審決の認定した事実を前提としても「引用例には、本願発明と同じ組成を有する引用例記載の非晶質合金を、電磁装置の磁心に用い得ることが示唆されている」(原判決七丁表八-一〇行)との審決の判断はなお事実誤認であるとして争った。

二 上告人は原審において右の事実誤認の主張を根拠づける事実として、大別して二つの主張を行った。上告人は第一の主張を平成元年二月一四日付原告第一準備書面、同年五月二三日付原告第二準備書面において述べたが、これは上告理由に関係しないのでここではこれ以上言及しない。上告人は第二の主張を平成元年七月一九日付原告第三準備書面、同年九月一二日付原告第四準備書面及び同年一一月九日付原告第五準備書面において述べたが、原判決は右第二の主張に基づく審決取消事由を適切に摘示せず、又摘示された取消事由についてこれを退ける理由を付することなく上告人の請求を棄却した。この点が本件上告理由である。

三 原審で上告人が行った第二の主張を要約すると次のとおりである。まず、上告人は原審で提出した原告第三準備書面の冒頭で次のように述べて、審決取消事由の根拠となる理由を新たに追加することを明らかにした。

原告は平成元年五月二三日付原告第二準備書面で、審決が「引用例には、本願発明と同じ組成をもつ非晶質磁性合金が電磁装置の磁心に用いられることを示唆している」と判断したことに対し、「本願出願当時、当業者は引用例をみて引用例記載の合金を磁心に使うことは考えなかった」と主張し、その理由を述べた。原告は本準備書面において右主張の根拠となる理由を、前記準備書面で主張した理由に加え、次のとおり述べる。(原告第三準備書面二頁末尾から四行-三頁三行)

そして、上告人は同準備書面で概略次のように具体的にその理由を主張した。

1 上告人は引用例には引用例の合金Fe-13P-7Cの磁気構造について特許庁審決の考慮しなかった記述として、「ジグザグ模様をした磁区模様の写真」、「試料に垂直に一軸異方性がある」旨の記述があることを指摘した。さらに上告人は「試料に垂直に一軸異方性がある」ということは試料合金の磁気モーメント(原子の内部的磁気素子)に、これを試料と垂直方向に配向させようとする物質の内部的な大きな力(異方性エネルギー)が働いている磁気構造を意味するという、当業者にとってよく知られている物理的な意味を説明し、このことを甲第四号証によって示した。

(前記準備書面三頁四行-四頁九行)

2 次に上告人は、磁心における一次電流とこれによる磁心内の磁化の誘起について説明し、磁心として使用できるためには磁性材料の磁化容易軸(磁気モーメントを配向させようとする力の働く方向)が磁心周面に垂直の方向であってはならないこと、非晶質合金のように薄板の形状を有する磁性材料を用いて磁心を構成する場合、薄板の面に垂直な磁化容易軸がある磁性材料を用いて磁心を作ることはできないことが当業者の一般的な技術的常識であること、従って当業者は引用例四七頁の記載をみれば引用例合金を磁心に使うことは考えないはずであることを主張した。(原告第三準備書面四頁一〇行-一〇頁八行)

3 さらに、上告人は保磁力の小さいこと、すなわち軟磁特性のあることと、磁化容易軸の方向は全く別の事象であること、換言すれば、ある磁性材料について軟磁特性のあることが知られていても、当然にその磁性材料が磁心に使える磁気構造とは言えないことを説明した。(原告第三準備書面一〇頁九行-一頁一〇行)

4 右のことを実証する一例として、上告人は保磁力Hcが小さく(軟磁特性があり)かつ磁化容易軸が薄板の面に垂直な方向にあるような物質は一般に磁気バブル記憶素子としての応用が考えられても(甲第五号証一八四頁)磁心には用いられないこと、甲第六、七号証に開示された非晶質合金は保磁力が低い軟磁特性を有する物質であるにもかかわらず、磁心には用いられない具体的例であることを主張、立証した。(原告第三準備書面一一頁一一行-一三頁一一行)

5 上告人は又、これらの主張をまとめて、原告第四準備書面中で次のように主張した。(五頁五行-六頁八行)

三、本件で重要な点は引用例の合金は本願発明で磁心に用いられる非晶質合金と組成は同一であるが、磁心に使用することと相反する磁気構造を有する事実が明示されているために、当業者は引用例からこの組成の合金を磁心に使うことは考えないという事実である。引用例第四七頁の写真1、2を甲第五号証一五七頁の写真、甲第六号証三三八頁の写真と比べればわかるように、いずれも薄膜の表面に垂直方向に強い異方性エネルギーによって磁化が整列している磁気構造の特徴を現わしているのである。このような磁気構造を有する薄膜は原告第三準備書面二項(四-一〇頁)に説明したように、たとえ低い保磁力を有する軟磁性物質であっても、磁心に用いることはできないのである。

四、本審決は軟磁性物質であることが磁心に用いられることを示唆するという極めて簡単な論拠で本願発明は特許を受けることができないと結論しているが、右の論拠自体が誤りであることは軟磁性物質でありながら磁心とは無縁の甲第七号証に開示された物質の例からも明らかである。しかも、引用例自体が磁心に不適当な磁気構造を有していることを明示しているのであるから当業者が引用例に基づいて本願発明を容易に推考できるという審決の結論の誤りは明らかである。

要するに、上告人の主張は、仮に特許庁審決の指摘する引用例の記載事項だけをみれば審決が判断するように引用例合金が磁心に使われうるかもしれないとの推測が成り立つとしても、特許庁審決の考慮しなかった引用例の記載事項をも併せてみれば、当業者が引用例合金を磁心に使うことは考えない、ということであり、上告人は、本願発明が引用例から容易推考されるとの審決の結論は誤っている、と主張したのである。

第二 原判決が摘示した審決取消事由

一 原判決では「事実」と題する部分中、第二、請求の原因、四項(七丁裏六行-一二丁表一行)に原審で上告人が主張した審決の取消事由が摘示されている。前記第一で述べた上告人の第二の主張は原判決九丁裏七行「3 のみならず…」以後に摘示されている。

ここでは上告人の主張の中心的部分は次のように要約されている。

のみならず、引用例の第四六頁右欄第三三行ないし第四七頁左欄第七行には、非晶質合金Fe-13P-7Cについて、「試料(厚さ約三〇μ)に垂直に一軸異方性がある」と記載され、ジグザグの磁区模様の写真が示されているが、右のような記載がある以上、当業者ならば引用例記載の非晶質合金を電磁装置の磁心に採用することは絶対に考えない。(原判決九丁裏七行-一〇丁表二行)

そして、原判決一〇丁表三行乃至一一丁表六行において原告第三準備書面四頁一〇行乃至一〇頁八行の記載に対応する説明が簡潔に摘示されている。

二 しかし、この取消事由の摘示では上告人が原告第三準備書面一〇頁九行-一三頁一一行、原告第四準備書面五頁八行-六頁一行、原告第五準備書面四頁一〇行-五頁五行で行った主張は全く無視されており、審決の取消事由として取り上げられていない。

本件の審判の対象である特許庁審決の理由中、上告人が争っている相違点〈3〉に関する記述は次のとおりである。

〈3〉 引用例には、その引用例記載の非晶質合金を電磁装置の磁心に使用することは記載されていないが、例えば、非晶質合金Fe    P12C7が含まれている試料をリボン状にしこれを巻き重ねしてトロイダルコアとし、その特性を測定した例が示されており、また前記のとおり、引用例記載の非晶質合金が軟磁特性を示すことが明記されている(第四六頁右欄第三行~第四行)以上、軟磁特性を有する磁性体の代表的な用途が電磁装置の磁心であることを考慮すれば、引用例には、本願発明と同じ組成を有する引用例記載の非晶質合金を、電磁装置の磁心に用い得ることが示唆されていると認めることができる。(原判決六丁裏末行-七丁表末行)

この部分で特許庁審決は引用例の記載事実に基づき、「軟磁特性を有する磁性体の代表的な用途が電磁装置の磁心であることを考慮すれば」、引用例の非晶質合金を電磁装置の磁心に用い得ることが示唆されていると判断しているのである。

上告人は原審で特許庁審決の右引用部分の判断を争うために、特許庁審決が考慮しなかった引用例の記載事実を指摘すると共に(この点は前述のとおり原判決に取消事由として摘示されている。)、軟磁特性が認められても磁心に用いられない磁気構造を有する物質の具体的例をもあげているのである。(甲第六、七号証)この物質、Cd-Co非晶質合金薄膜は引用例記載の非晶質合金薄膜と同様、保磁力が低く軟磁特性を示すと同時に薄膜平面に垂直な一軸性磁化容易軸を有するのである。(原告第三準備書面一三頁二-五行、原告第四準備書面五頁八行-六頁一行)

上告人の甲第六、七号証に基づく主張は特許庁審決のいうように「軟磁特性を有する磁性体の代表的な用途が電磁装置の磁心であることを考慮」しても、個々の磁性体についてみれば磁心に用いられないものがある事実を具体的に主張、立証しているのである。

上告人は審決の指摘する引用例中の記載事実を認めた上で、審決の到達した結論を争っているのであるから、同結論に至る推論に対する反証事実は全て審決の取消事由として意味のある主張であり、原判決中に摘示されるべきである。原判決は上告人が甲第六、七号証に基づいて示した審決の推論に対する反証事実を無視し、取消事由として摘示を怠ったことにより、上告人の主張に対する判断の脱漏の結果を招いている。

三 原判決は第一一丁表七行目「ちなみに、…」以下で本願発明の非晶質合金と引用例記載の非晶質合金の組成が同じであるにもかかわらず両者の合金の磁気構造に差異があることの原因について上告人が述べたことを記述している。これはもちろん上告人が審決の取消事由として主張したものではない。上告人がこの点について言及したのは、組成が同じであるのに磁気構造が異なることがありうるという事実を一般論として説明するためであった。(原告第三準備書面一五頁一-八行、原告第四準備書面三頁一二行-四頁一一行)原判決が審決取消事由の主張でないのにこの部分を審決取消事由の摘示の中に入れたのは全く不適切であり、原裁判所の誤解を示す証左であろう。

原判決では次いで上告人の審決の取消事由の主張に対する被上告人の主張を次のように摘示している。

この点について、被告は、引用例には遠心急冷法以外にも多くの非晶質合金の製造方法が開示されているから「垂直に一軸異方性がある」もの以外の非晶質合金について電磁装置の磁心に用い得ることが示唆されていることに変わりはないと主張する。(原判決一一丁裏五-九行。これに対応する被上告人の主張の摘示が原判決一三丁表二行-同丁裏二行にある。)

このように摘示された被上告人の主張の意味は文章上明確でない。原判決の右摘示部分を分説すると、

〈1〉 引用例には遠心急冷法以外にも多くの非晶質合金の製造方法が開示されている、

〈2〉 (従って、)「垂直に一軸異方性がある」もの以外の非晶質合金について電磁装置の磁心に用いられ得ることが示唆されている、という内容である。

「『垂直に一軸異方性がある』もの以外の非晶質合金」という表現は意味が不明確な記述だが、もしこれがFe-13P-7C以外の合金のことであるとすると、審決が引用例の合金と本願発明の合金の組成が一致していると認定している前提事実と矛盾するから、右の〈2〉の摘示内容は、引用例にはFe-13P-7C合金で「垂直に一軸異方性がある」もの以外の構造も得られることが示唆されており、従って同合金を電磁装置の磁心に用い得ることが示唆されているという内容であると解釈せざるを得ない。(そのような解釈は被上告人の平成元年九月五日付準備書面(第二回)一丁裏六行-二丁表一〇行の主張と合致すると思われる。)

この被上告人の主張に対する上告人の反論としては、原判決には次のように摘示されているのみである。

しかしながら、引用例において「顕著な軟磁特性を示す」とされたFe-13P-7C合金は遠心急冷法によって作成されているのであって、それ以外の製法は開示されていない。(原判決一一丁裏九行-一二丁表一行)

ところが上告人は原審で提出したどの準備書面においても右のように原判決に摘示された主張を行っていない。被上告人の主張が前述のとおり、引用例記載のFe-13P-7C合金に関し「垂直に一軸異方性がある」もの以外の磁気構造を有する合金も引用例に示唆されているとの趣旨であるならば、この主張に対する上告人の反論として原判決中で摘示されるべき主張は、「引用例には現に開示された垂直に一軸異方性のある磁気構造とは異なる磁気構造のFe-13P-7C合金は開示されていない」という主張であるはずであろう。

右の被上告人の主張は平成元年九月五日付準備書面(第二回)で述べられたものだが、これに対する反論として上告人は平成元年一一月九日付原告第五準備書面で次のように述べている。

しかし、被告の指摘する他の製法によって作られた非晶質合金は審決がその根拠としているFe-13P-7C合金とは別の合金について述べられているものである。(引用例四〇頁の還元メッキ法はNi-B合金、四七頁の液体圧延急冷法はFe-Cr合金に適用されている。)引用例中軟磁性を示すと記述されているFe-13P-7C合金については「試料に垂直に一軸異方性がある」のであって、それ以外の磁気構造は引用例中に開示されていない。

引用例にはFe-13P-7C合金は試料面に垂直方向の一軸異方性の磁気構造を有する旨明記されているのであって、当業者にとっては同一組成の物質でこれと異なる磁気構造があることは本願発明の開示がなければわからないことである。そもそも引用例は特定のFe-13P-7C合金の試料について実験によって磁気的性質を調べることを目的としているのであり、そのような文献がそこで得られた知見と異なる磁気構造を示唆していると考えることはできない。(原告第五準備書面三頁五行-四頁五行)

この上告人の主張で最も重要な点は引用例にはFe-13P-7C合金が他の磁気構造をとりうることは開示されていないことであり、引用例をみた当業者にとっては同一組成の物質でこれと異なる磁気構造があることは本願発明の開示をみなければわからないという点である。

しかるに原判決は上告人の主張を引用例には「それ以外の製法は開示されていない」とだけ摘示しているのである。上告人が非晶質合金の製造方法に言及したのは、引用例合金と本願発明の合金は組成が同一であるのに磁気構造が異なるという、現時点で知られている事実を前提として、この差異は製造方法や処理条件によって生じたのかもしれないと説明を加えただけである。(原告第四準備書面四頁三、四行で、「実際のところ引用例合金がなぜジグザグ模様の磁区で示されるような磁気構造を示すかは引用例からは分からないのである。」と述べている。)上告人は異なる製法を用いれば異なる磁気構造になるとはどこにも述べていないし、又性質の未だよく知られていない物質について製法によってその磁気構造が変るか否かは実際に試験をしてみなければわかることではない。従って、上告人が原審で「引用例には遠心急冷法以外の製法は開示されていない」という趣旨の主張をしていないことは原審記録から明らかである。

それにもかかわらず原判決は上告人の主張を正しく摘示せず、上告人が「引用例において・・・、それ以外の製法は開示されていない」と主張したかの如く摘示しているのである。

第三 原判決の「理由」部分の瑕疵

一 原判決は第一四丁以下に原判決の理由を述べているが、第一八丁裏五行までの部分は引用例中の特許庁審決で指摘された記述に基づく原判決の判断に関する部分であって、上告人の前記第二の主張とは関係のない部分である。

二 原判決第一八丁裏六行から一九丁表二行では上告人の主張、すなわち引用例で軟磁特性があるとされているのFe-13P-7C合金が同時に一軸異方性の磁気構造を有することも開示されているため、当業者は同合金を磁心に使うことは考えない、という上告人の主張が問題として提起されている。この問題提起に対する原判決の結論的判断は後の方で次のように述べてある。

当業者ならば、原告が指摘する引用例の記載部分にかかわらず、引用例記載の非晶質合金は本来的に電磁装置の磁心に採用し得るものであり、その製造方法、あるいは熱処理等の変成方法を適宜に選択することによって磁心に適した特性を有するものを得ることが可能であると予測することは容易であったと考えざるを得ないのである。(二〇丁裏四-一〇行)

すなわち、上告人が主張するような磁気構造の記載が引用例にあっても、当業者は製造方法や熱処理方法を適宜選択することによって磁心に適した特性を得ることが可能であると容易に予測できる、と原判決は述べているのである。

この判示部分に対する理由として原判決は次のような引用例の記載を挙げている。(原判決一九丁裏三行-二〇丁裏四行)

引用例には「遠心急冷法」及び「フィラメント急冷法」以外にも多くの非晶質合金の製造方法があることが開示されており(例えば、第四〇頁の右欄第一〇行、第四一頁右欄第三三行、第四二頁左欄第九行及び第一〇行、第四五頁左欄第三七行及び第三八行、あるいは第四七頁左欄第二六行及び右欄第一行)、しかも、予稿10には「合金の磁気的性質は合金の製造過程における冷却速度の差によっても微妙な違いを示す場合があり、データーの再現性については慎重な検討を要する。(中略)合金の製造方法が異なれば当然実験結果も遠ったものになる場合も考えられる。」(第四三頁右欄第一六行ないし第二一行)と記載され、予稿11には、「非晶質金属に特有な優れた電気的、機械的と磁気特性を組合せることによって、新しい磁気応用材料の可能性が考えられる。」(第四五頁左欄第一一行ないし第一三行)、あるいは、「非晶質体の等方性が磁化過程に反映しているように思われる。今後、磁気弾性効果、静磁効果をもって実際に定量的に考慮した上で磁気異方性を詳細に検討する必要があろう。」(第四六頁右欄第五行ないし第八行)と明記され、また第四一頁右欄第一八行以下の「アモルファス強磁性体Co-Pのスピノーダル分解」と題する9項には、「低温熱処理により、その磁気特性を種々変化させることができる。」(第四二頁左欄第二行及び第三行)と記載されていることが認められるのである。

三、 原判決が挙げた引用例中の各記載はいずれも原判決の二〇丁裏四-一〇行の判示部分と何の関係を有するものでもなく、このことは原判決文面上から明らかである。

すなわち、原判決はまず非晶質合金の製造方法が多様にあることを示す記載をとり上げているが、このような事実は引用例記載の特定のFe-13P-7C非晶質合金について製造方法等を適宜選択することによって磁心に適した特性を有するものが得られるとの予測が容易であるとの原判決前記判示内容とは全く関係がない。たとえ製造方法が多数あってもFe-13P-7C合金の磁気構造が、引用例の開示と異なる、磁心に適したものになるか否かは、実験してみるまでは誰にもわからない。次に原判決は別の予稿10中の「合金の磁気的性質は合金の製造過程における冷却速度の差によっても微妙な違いを示す場合があり、データーの再現性については慎重な検討を要する。(中略)合金の製造方法が異なれば当然実験結果も違ったものになる場合も考えられる」との記載をとり上げているが、これは文面上明らかにこれまで行われた実験の信頼性が十分でないという趣旨の記述であり、これもFe-13P-7C合金について製造方法を適宜選択すれば磁心に適した特性を有するものが得られるとの予測が容易であるという原判決前記判示内容とは全く関係がない。同様に、原判決でとり上げられた「非晶質金属に特有な優れた電気的、機械的と磁気特性を組合せることによって、新しい磁気応用材料の可能性が考えられる」との記載(この記載は将来の可能性を漠然と述べているにすぎないことが文面上明らかである。)、「非晶質体の等方性が磁化過程に反映しているように思われる。今後、磁気弾性効果、静磁効果をもって実際に定量的に考慮した上で磁気異方性を詳細に検討する必要があろう」との記載(この記載は今後さらに詳細な検討を要すると述べているにすぎないことが文面上明らかである。)、「低温熱処理により、その磁気特性を種々変化させることができる」との記載(この記載は引用例の当該箇所を参照すれば本件とは別のC0-P合金についての記述であることが明らかである。)はいずれも原判決が二〇丁裏四-一〇行で判示した内容とは全く関係のないことが明らかである。すなわち、これらの記載は引用例記載のFe-13P-7C非晶質合金がその製造方法等を適宜選択することによって磁心に適した特性を有するものを得ることが可能であると予測することが容易かどうかと全く関係のないことである。Fe-13P-7C非晶質合金が製造方法を変えれば薄板に垂直な一軸異方性と異なる磁気構造をとるか否かは実験してみなければわからないことであって、原判決の右判示内容はそのような化学における常識に反するものであり、又原判決一九丁裏三行-二〇丁裏四行に挙げられた引用例の各記載は到底その判示内容に対する理由として述べれているとみることはできない。

第四 上告理由-原判決の理由不備・理由齟齬

以上詳述したように、原判決には次のとおりの理由不備、理由齟齬がある。

一 前記第三、三で述べたように、原判決は二〇丁裏四-一〇行「当業者ならば、・・・容易であったと考えざるを得ないものである」との判示部分に対する理由を実質的に付していない。

二 前記第二、二で述べたように、原判決は上告人の甲第六、七号証に基づく主張事実を審決の取消事由中で摘示せず、そのために上告人の右主張に対する判断を怠った。

三 前記第二、三で述べたように、原判決は審決の取消事由で被上告人の主張に対する上告人の反論を正しく摘示せず、上告人が原審で主張していない内容の摘示を行い、そのため上告人の主張に対する判断を怠った。原判決は実質的に右の被上告人の主張を採用したものと言えるので、原判決は上告人の主張を審理することなく結論を出したものである。

以上の上告理由により、原判決は破棄され、本件は原審東京高等裁判所に差戻されるべきである。

以上

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